私と馬の関係は長い。
父親が若い頃に馬術競技大会の入賞常連で、家の棚には競技会のトロフィーが大量に押し込まれていた。ちなみに父親の座右の銘は「人馬一体」。
それで私も5歳の頃から馬になじんでいた。というより乗馬クラブに連れて行かれ、父親が練習をしている間、鞍もつけず毛布をかけただけの馬の背に乗せられ、放置されていた。
居並ぶ大型の馬たちは、背中ににちょこんと乗ったちびを基本、無視して草を食べたり好き勝手していたが、唯一、性格の穏やかな雌の道産子が面倒見よくつきあってくれた。私が道産子が好きなのはこの時の影響だと思う。
それからかなりのブランクがあったが、フロリダからハワイに引っ越して乗馬のレッスンを再開し、普段は週に2回、4鞍くらい乗る。インストラクターは気のいいテキサスの人。
本格的な初外乗は北カリフォルニアで1週間のトレッキングをした。耐久レースに使われるアラビアンに乗って、山を駆け上がったり海岸を突っ切ったりしながら、1日7、8時間、6日間乗りっぱなしで楽しかった。

「バリ島で乗馬」というのは意外なようだが、前から「乗れるらしい」という情報をつかんでいたので、現地に入って施設を探したところ、ちょうど滞在しているスミニャックの郊外に、ドイツ人オーナーの乗馬スクールがあるのを発見。海岸での外乗もできると言う。
「十台の頃に手ひどく落馬して以来、乗ってない」と、これまで乗馬につきあうのをかわしてきたうちのイギリス人をひっぱって出かける。私としては「バリの海岸で乗馬」というステキな設定を、若い頃の馬トラウマを克服してもらう絶好の機会と踏んだ(笑。
緑の稲田の中に立つ白いヨーロピアン・スタイルの建物。しっくい作りの厩舎には30頭あまりの馬がいる。みな、よく手入れされ、鍛えられているのが見てとれる。
連れには初心者用という栗毛、私には経験者用の黒鹿毛の馬が選ばれ、バリ人のガイドと外に出る。白黒まだらのペイントホースに乗ったガイドは、穏やかな笑顔のおじさんで、片手で手綱を持ち、片手を腰に当てたウェスタン・スタイル。
早朝のまだ涼しい稲田を通り、閑静な住宅街をくぐり抜け、やがてひと気のない海岸に出る。しばらく試し走りをした後、「じゃあ、好きに走っていいよ」と言われる。
軽く足で合図を与えると、黒鹿毛は滑らかに走り出す。しばらく速歩と短い駈歩を繰り返したが、連れを乗せた穏やかな雌の栗毛は驚くほどマイペース。のんびり適当なスピードでついてくるが、決して一定以上に速度を上げない。
連れもさすがに中国武術で鍛えた足腰の強さとバランス、なかなかの安定した乗りっぷりで、砂の上を駈歩で揺られながら「乗馬がこんなに楽しいとは知らなかった」と満面の笑顔。
そんな感じでしばらく海岸を走り、調子の出てきたところで少し速度を上げると、馬の方でも気分が高揚してきたらしい。みるみる速度を上げて、連れやガイドの馬を後に残し、走る走る。
どこまでも続く海岸を風を切り、こんなに思いきり駈けたのは久しぶりで、最高に気分がいい。
しばらくして遠くに人の姿が見えたので、速度を落とそうとするが、興奮した黒鹿毛は言うことを聞かない。さきほどまでのおりこうさんぶりはどこへやら、しばらく手綱の引き合いの末、ようやく足を止めさせる。
追いついてきたガイドは、相変わらずののんびりした笑顔で言った。
「その馬は競走馬だからねー。走り出したら止まらないかもしれないけど、砂の深いところに誘導するといいよ。砂に足を取られて、速度が落ちるから」
いやいや おじさん、そいうことは先に言っておいて。
今回は5回目のバリ。先回はスミニャックに滞在し、その郊外にある乗馬クラブ兼プチ・リゾートの手配で海岸での外乗を楽しんだ。
さすがドイツ人のオーナー、たくさんいる馬のよく手入れされていること、調教ぶりのよいことが印象的だった。青々とした稲田の中に立つヨーロピアン・スタイルの白亜の建物を見ながら、「次はここに泊まるぞ」と心に誓ってバリを去った(笑。
幸い、今住んでいるボルネオ島とバリ島はほぼお隣同士。飛行機もほとんど国内線の感覚で時差もない。先回初めて海岸での外乗を経験した「乗馬初心者」のつれも、「集中してレッスンを受けるいい機会」と、馬リゾートでの年越しに同意してくれた。
私としては、つれを1日5、6時間の乗馬トレッキングに耐えられるよう鍛えようともくろんでいる。そのうちインドやチベットの乗馬ツアーに行きたいのだが、僻地のツアーでは「最低人数2名」というところが多いのだ。
敷地の裏手には、レッスン用の馬場(野外・屋内)と、馬装や手入れをするためのエリアがある。客室のある建物は1階がたくさんの馬房に仕切られ、2階が客室で、つまり部屋の下に馬たちがいる。
嵐の夜には、馬たちがずっと落ち着かなげに音を立てていることもあった。
しかし、毎朝早くから馬が引き出され、カコンカコンと蹄鉄が石畳を踏む音をベッドの中で聞くのは、なんとも幸せな目覚め方だ。
馬場でのレッスンはマンツーマンで、調馬索を使ったフォームの矯正なども合わせ、結構みっちり。バリ人のインストラクターは2人とも熱心で親切。
海岸での外乗は、年末でビーチにやや人が多く、先回ほど思いきりというわけにはいかなかったが、それでも気分よく走れた。
リゾートにはオープンエアのレストランもあり、東京の上等なホテルのダイニング並の料理が食べられる。ボルネオではお目にかかれない洗練されたイタリアン&フレンチは本当においしく(値段は東京の数分の1)、夕食は毎晩ここでとったがあきなかった。
つれは毎日1時間のレッスンと3時間半の外乗で、筋肉痛のガニ股歩きをしていた。乗馬の後はプールサイドでビールを飲みながら、Macでネットサーフィンしつつ、「最高のヴァケーション」と満足そうだった。
このリゾートは、オープンエアのレストランの席でも、プールサイドのテーブルでも、どこに行っても「馬の匂い」がする。動物好きでなければ滞在できないのは間違いない。
全体が緑の庭園のような敷地には、馬だけでなく犬もごろごろしている。子犬たちを手を差し出せば、転げるように走って甘えに来る。私的にはなんとも幸せな空間だった。
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