なぜ私はネズミが好きか
私のワークショップに来る人は、私が動物なら何でも好きなことは知っているが、当然、ネズミもその範疇に入る。しかもネズミは一般の人々から不等に嫌われているという思いがあるので、思い入れはさらに強い。
さらに私はワナにかかっている生き物を見ると逃がしてやるという習性を持って生まれついているので、当然、ネズミとりなどという専用のワナを発明され、迫害されているネズミに対する同情はひとしおだ。
ちなみに最初にワナにかかっているネズミを見つけて、逃がそうと金属製のねずみ取りに手をかけたのは5才の時。その時は大人に見つかり果たせなかったが、あの時の悔しさは今でも忘れない。
カリフォルニアで住んでいた家には、ネズミがいた。日本で言えばクマネズミに近い、小さい可愛いやつだ。
ちょうど動物愛護協会のシェルターから子犬を引きとって来た頃で、台所の床には、皿に入れたドッグフードがおやつ用に置いてあった。
ある夜、台所の机で書き物をしていると、小さなネズミが壁に丸くくりぬいた穴からたっと走り出た。そして皿にかけよってドッグフードを1つくわえると、うれしそうに戻っていった。
直径1センチのドッグフード1つでここまでうれしそうにできるネズミのかわいさに私は魅いられ、以来夜の書き物は台所でするようになった。毎晩1度か2度姿を現すチビネズミを見るためだ。
貧乏時代のウォルト・ディズニーのアパートに出入りしたネズミがミッキーマウスがモデルだったというのは伝説的な話だが、ディズニーの気持ちはよくわかる。ネズミのあの小さな体は、無邪気さと一生懸命さで満ちている。
その家はやがて引っ越したのだが、借り手が決まる前に、空き家になったその家に忘れ物をとりに戻った時、ドアのガラス部分から中をのぞくと、ネズミが1匹、ぽつりと居間の真ん中でたたずんでいた。いっしょに住み慣れた人間も子犬たちも去ってしまって呆然としているようで、心が痛んだ。
さてこのような経緯もあって、私とネズミ族の間には一種の友情が成立していることは疑ったことはなかった。
何度目かに住んだ家にはやはりネズミがいる気配があった。姿は見えないが、戸棚の奥にしまった食品の箱にかじり跡がつく。
引っ越してすぐのこと、何週間か旅行で家をあけなければならず、ネズミのデーヴァに話をつけることを思いついた。お腹が空いたら手を付けてもよいものとして、ちょっと古くなったビスケットやチョコレートの箱を指定して、それ以外にはいたずらはしてくれるな、と頼んだ。
旅行から帰って来て戸棚を開けた私は、笑った。指定した食べ物だけがちゃんと食べられていたからだ。箱や袋に穴を開けて中がからっぽになっていた。その一方で、あらそうとおもえばたやすくあらせたであろう他の食品には、一切手をつけていなかった。
疲れていた私は横になろうと寝室に行き、ふとんをもち上げて一瞬きょとんとした。枕の下にチョコレートが2切れ、ちょんと並んでいた。
アメリカやヨーロッパのちょっとしゃれたホテルに泊まったことのある人は「お休みのチョコレート」の習慣に出会ったことがあるかもしれない。メイドがベッドメーキングをした後に、まくら元に小さなチョコレートの包みを置いていくあれだ。
メイドが置いていくのと異っていたのは、チョコレートは包み紙をむかれてあった。とり上げてよく見てみると、包みをはがすのについたらしい小さな歯形がついている。ネズミの仕業であることに思いいたり、大笑いした。
台所から寝室まではかなり離れている。ネズミは私の留守中にチョコレートの箱を開け、包みをむき(その方が自分たちにとっては具合がよいので、人間もよろこぶと思ったのだろう)、それをくわえて寝室まで旅し、ベッドによじ昇り、ちょうど枕とかけぶとんの境目によいしょとチョコレートを置き、ふたたび台所に戻って2切れ目をくわえてもって上がり、そのとなりに並べて帰ったのである。
ネズミの「おかえりなさいチョコレート」であった。
しかもこのコミュニケーション成立以来、台所のものに手をつけることもいっさいなくなった。野鳥用に置いていたヒマワリの種などを袋から少ししっけいして満足しているらしかった。
爾来ネズミへの愛着が深まったのは言うまでもない。
ネズミは親戚(最近のリサーチから)
科学雑誌『ネイチャー』に掲載された、米国と英国の科学者によるマウス・ゲノムのリサーチによると、ネズミと人間の遺伝子構造は99%類似していることが分かった。ネズミと人間の差は、およそ3万の遺伝子の1%に当たる約300の遺伝子によって決定されるという。
研究チームのアラン・ブラッドリー教授は「ネズミと人間の遺伝子は、少なくとも80%が完全に一致し、99%が類似していることが分かった」とし、「遺伝学的類似性だけから考えると、人間を『尻尾のないネズミ』と言っても過言ではない」と言う。
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